なまけもののすべて

好きな音楽を食べて生きる。

team SixTONESになれなかった話

これについてはブログに書くか迷ったのですが、どうにもこうにもモヤモヤして、処理し切れなかったので書くことにしました。

私はスト担になってまだまだ日が浅いのでいろんな状況を詳細に正確に把握し切れていないところもあると思いますので、その点はご了承ください。

 

そもそもteam SixTONESというものは、いったいどのタイミングで現れた言葉なのでしょうか?

いかんせん担歴が浅いもので、詳しく分からないのですが、Twitter等でよく見かけるようになったのはやはりデビュー前後ではないかなと思っています。

これは先に断っておきたいのですが、私はSixTONESが大好きですし、スト担さんのことも好きとはいかなくても嫌ってなどいません。

ただ、ですね。

このteam SixTONESという言葉。

ただの言葉だということは重々承知しているのですが、どうしても、どうしてもこの言葉を見るたびに全身がむず痒くなるような感覚に陥ってしまうんです。

別にteam SixTONESと発言することは全然悪くないし、間違ったことでもないし、そんな風にファンが一枚岩になってタレントに寄り添うことができるのは素晴らしいことだと思います。

だけど、私はどうしてもこの言葉が受け入れられないんです。

ただの呼称だし、なぜこんなにも自分に拒否反応が出てしまうのか、分からなかったのですが、最近ようやく自分が感じる違和感の所以がはっきりしました。

 

○デビュー発表から続くスノスト両担当の緊張状態

 

これは以前投稿したブログでも書いたのですが、同時デビューに際して発生したスト担、スノ担の対立のことです。

デビュー後お仕事も安定してきて大分お互いの感情も落ち着いてきたとは思うのですが、未だにモヤモヤしてる人もいるとは思います。

まあ、その時は病み散らかしました。

みんな気持ちが安定してなくてTwitterもなんだか無法状態

パブサしようものなら必ず悪口が出てくる。

こんな状況で病まないわけないですよ......。

その当時両グループが好きとは言っても、どちらかというと私はスノ寄りの人間でした。

だからこそ気持ちもスノに傾いていました。

そこで見つけた、「team SixTONES最高!」の文字。

別に誰の悪口も言っていないです。

ただただ自分の好きな人たちが最高だと言ってるだけ。

何も悪くないし、むしろ微笑ましいくらい。

今の精神状態で客観的な目線で考えればなんてことないことなのに、その時の私はこの言葉にすら勝手に傷ついていました。

何もスノのことは言ってないのに、スノよりストの方がすごいんだと言われてるような、スノを下に見られたような、そんな気持ちになっていました(一言もそんなことは言っていないのに!!)。

そこで感じたことと、team SixTONESという言葉がリンクしてしまって、そこからteam SixTONESという言葉が私の中でNGワードになっていました。

今はその時ほど気持ちはささくれ立っていません。

だけど私は未だにこの言葉がダメなんです。

なんでだろう、スト担だから私だって素直にteam SixTONESの一員って声を大にして言いたい。

一緒にteam SixTONESって最高だよねって言いたい。

でもなぜかそれができない。

ようやくその理由がわかりました。

 

○よく知らない人たちとひとまとめにされる感覚

 

私がteam SixTONESという言葉から受けるこの感覚に尽きると思います。

私は昔から人付き合いが得意じゃなくて、学生時代クラスではヒエラルキーの下層部分にいたと思います。

そんなこともあり、人間関係に対しては少し拗らせた部分があります。

例えば、学校行事の時。

クラスの女子が、女子みんなで写真撮ろう!となっているところで気づかないふりしてフラッと別クラスへ逃げるような、そんな奴でした。

だって、いつもそんなに仲良くしてないのにこんな時だけ都合よくなかよしー!なんて一緒に写真なんか撮れんわ!!って思ってたんです。

文字にすると改めて自分のひねくれ加減がまざまざと見えて眩暈がします。

もっと肩の力抜けや......。

こんな捻くれた人間なので、それと同じ感情をteam SixTONESに対しても持ってしまったんですよ。

いや、私あなたのこと知らんし。

スト担全部をteam SixTONESって括らないでもらえますか?みたいな。

性格の悪さが滲み出ていますね......。

誰が悪い、何が悪いとかじゃなくて、これはもう今までの経験からくる私の考えと、その言葉との相性が悪すぎるのだと思います。

正直team SixTONESを何の躊躇いも違和感もなく叫べる人がうらやましい。

だってその方が絶対楽しいし、それができる人は人生を楽しめてる人だろうなと思うから。

人の性質ってそう簡単に変わるものではないので、私は未だにteam SixTONESという言葉が好きではありません。

でもこれは私の未熟さの証だなと思います。

全てを受け入れる度量がある人はこんなしょうもない、考えても意味ない取るに足らないことは端から考えもしないと思うので。

成長したつもりが自分もまだまだだなあと日々感じます。

他人に完全に共感できなくても、寄り添うことは自分が頑なにならなければ、難しいことではないと感じます。

それでも他人の気持ちはわからないことだらけで、だからこそ哲学し続けて自分の気持ちが落ち着く場所を探すことが大事だなあと思いました。